持たざる者ドムドム、本を読む

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江戸時代が学べるおすすめの本『武士の家計簿』 江戸時代の人は何にお金を使っていた?

掲載日:2025/4/28

 

 

突然ですが、皆さんは何にお金を使っていますか?

 

お米や卵、野菜など食品の高騰が続き、自分の好きなことに使えるお金が減っているのではないでしょうか。

私も趣味の本に回せるお金が、月2万円から半分の1万円になってしまいました(プラモデルに使えるのはアルカディア号関連のみです)

 

お子さんがいれば子供の教育費、親が高齢であれば介護費など、生活環境や家族構成で使えるお金も変わってきます。

また、トランプ大統領による関税、ウクライナとロシアの戦争など、家計に与える変化が激しい時代になっています。

 

そんな変化が激しい時代にこそ、昔の先人から学ぶことは多いと思います。

例えば、江戸時代から明治へ移り変わる、時代の大きな変化に直面した武士など。。。

 

 

こんにちは。ドムドムです。
読書と本の収集が趣味の、本が大好きな私が、
「面白い!」
「悩みや疑問と向き合えた!」
「新たな知識の扉が開いた!」
と感動した本を紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

◆目次◆

 

今回紹介する本は、

武士の家計簿』です。

 

本の概要

 タイトル:武士の家計簿

 著者:磯田 道史

 

著者は、”英雄たちの選択”などの歴史番組に出演されている、歴史学者の”磯田道史”教授です。『武士の家計簿』は、堺雅人さん主演で2000年に実写映画が公開され、聞いたことがある人もいると思います。

 

武士の家計簿』は、磯田教授が偶然発見した、江戸時代の武士が残した家計簿を基に、当時の暮らし・経済状況をありありと紹介された本です。

 

家計簿には、天保13年(1842年)~明治12年(1879年)の江戸から明治へと、時代が大きく変わった37年間の記録がされています。饅頭1つに至る買ったもの、借金の額と借りた相手などが詳細に記録されています。

 

家計簿を読み解くことで、

「当時の人は何にお金を使っていたのか」

「江戸から明治へ移行する激動の時代を生きた、当時の人の知恵や価値観」

を垣間見ることができます。

 

磯田教授による、当時の生活をありありと表現した解説・考察が分かりやすく、歴史に興味のない人にもおすすめの1冊です。

 

 

 

家計簿を残した武士

家計簿を残したのは、御算用者(ごさんようもの)として、現在の石川県にあった加賀藩に仕えた武士の”猪山家”です。

御算用者とは、会計処理をする経理のプロで、”猪山家”は加賀百万石のそろばん係でした。

刀を持った武士のイメージからは離れてますが、会計処理のプロであった”猪山家”だからこそ、詳細な家計簿を残せたのです。

 

家計簿は、武士に関する古文書を数多く見てきた、磯田教授が驚くほど詳細であり、天保13年(1842年)~明治12年(1879年)まで、37年間の記録が残っています。

 

なぜ、猪山家は詳細な家計簿をつけたのか。

それは「膨大な借金を整理するため」です。

 

江戸時代の武士は信用が低く、お金を借りる時の利子が15%もあったそうです。

江戸時代にはすでに利子の考え方があったことに驚きましたが、利子15%は非常に大きい数字です。現在のローンでの利子が5%程度であることを考えると、約3倍も高い利子率です。

 

15%もの高い利子率により、借金は約2500万円にまで増えてしまいます。

”猪山家”の年収は約1350万円なので、年収の倍の借金があったことになります。

 

年収の2倍もの借金地獄に苦しみ、

「二度と借金を背負わないように、計画的に家計を管理しよう」

と一念発起し、収支をつけ始めたのが、家計簿作成のキッカケです。

 

私も家計簿をつけていて(そこまで詳細ではないですが)、キッカケは独り暮らしです。しばらく実家暮らしでしたが、転職を期に独り暮らしを始めました。

独り暮らしだと、家賃・食費・電気・水道代など、支出を自分で管理する必要があります。

実家暮らしの時は家にお金を入れて、後は自分の趣味に全額投入していましたが、独り暮らしではそうはいきません。家賃が払えないと家から追い出され、水道・電気も止められ、生きていきません。

家計簿で収支を計算し、どの程度自由に使っていいお金があるのか、見えるようにしています。使える額が分からないと、無限に本やプラモデルを買ってしまいます。

昔の人も、困って初めて行動に移すと分かって、親近感がわきました。

 

”猪山家”の家族構成は、当主、妻、隠居した父、母の4人家族です。

家計簿作成の裏側は詳細に記録が残っているらしく、家計簿が作成された天保13年(1842年)の夏に、”猪山家”は家族会議を開いています。

議題は非常に重く「借金返済のために所持品を売り払う」です。

想像するに、借金と利子の総額が示され、

「このままだと借金地獄から抜け出せない」旨の説明があったのでしょう。

我が家の厳しい家計状況を示され、所持品の売却には家族全員が同意しました。

 

所持品を売るために道具屋が呼ばれ、家族4人で計1,000万円以上を売却しています。

 

今でこそメルカリやヤクオフで、いらなくなったものを売ることがありますが、売却する規模の大きさに驚かされます。

 

売却したものは、当時高価だった書籍、食器、衣服など計88品目です。

妻と母は着物、当主は書籍を手放しました。

”猪山家”は会計の仕事に使う「和算本」まで借金返済のために売却しているので、その覚悟はそうそうたるものです。

仕事道具を売却してまで借金地獄から抜け出すぞ!という覚悟は評価され、払いきれなかった借金は無利子にしてもらったり、周りから金銭的な援助があったようです。

 

私は趣味が読書(本の収集)で、手元には600冊以上ありますが、読み終わった本であっても売るのは心が痛みます。借金返済のために、本や未開封で大事に保管してあるプラモデル(埃をかぶっている)を売れ!と言われても、半年考える時間が欲しいところです。

 

仕事道具や、女性の楽しみである衣服を売らないといけない、悲しみや無念さはどれほどだったか、想像できます。

 

では、大事な仕事道具や衣服を売らないといけない程たまった借金。それは”何”が原因だったのか。

 

借金の原因。それは武士であるために必要な「身分費用」です。

 

 

 

武士としての格式を保つための身分費用

 

徹底的な倹約により、衣服も買えなくなった”猪山家”ですが、まったく削っていない費用があります。

 

祝儀交際費や儀礼行事入用といった身分費用です。

 

身分費用とは、「武士として格式を保つための費用」です。

 

「武士は食わねど高楊枝」(武士には、貧しく食事ができない時も、お腹いっぱいのように楊枝をくわえ、武士としての体面を守る必要がある)と言われるように、武士身分であることによって、守らなければならない決まりのようなものがあったのです。

 

借金があるからといって、自分だけしないわけにもいかず、怠ったり払えなかったりすると、武士仲間からはじき出され、武士として生きていけなくなるそうです。

 

武士が貧乏だったのには、この身分費用が大きくかかわっています。

財布に入ってくるお金より、武士でいるための身分費用がはるかに多かったために、江戸時代の多くの武士は、借金生活をしていたのです。

 

借金をしてまで必要な身分費用。具体的に2つ紹介します。

 

祝儀交際費

祝儀交際費は、親戚同士の交際で必要な費用です。

 

江戸時代は、親戚同士の付き合いが濃密であり、葬儀・婚礼・出産・引っ越しなど行事があるたびに、親戚が集まります。

 

親戚本人だけが集まるのではなく訪問の際は、家来や下女といったお供を連れてきます。

その都度、料理が出されお供にはお礼として祝儀を15文程度(約714円:1文47.6円換算)を渡す必要があったそうです。

 

訪問する側も手ぶらではありません。訪問する時は土産を持っていたそうです。

土産を買うのにもお金が必要です、親戚で行事があるたびにお金がかかる仕組みになっていたのです。

 

訪問される、する頻度がすさまじく、家計簿からは年75回も祝儀代を払っていることが分かっています。5日に1度のペースで交際費を払っていたのです。

 

現在では、親戚が集まるのはお盆・正月の年2回程度だと思いますが、江戸時代は親戚付き合いが濃密で、その都度お金が必要でした。

「上司に誘われる断れない飲み会」に似ていると思うのは自分だけでしょうか。

(断っても会社にいられる分、現在の方がましだと思いますが)

 

儀式行事入用

 

儀式行事入用は、正月・お盆・七夕などの行事に必要な費用です。

 

武士は農民と比べて、年間行事を盛大に行っており、その都度莫大な費用が必要だったそうです。

”猪山家”も例外ではなく、家計簿には22種類の年中行事が記録されています。

 

また、毎年行うことが決まっている年中行事の他に、子供の通過儀礼がありました。

子供は生まれてから、成人になるまで様々な行事をして成長の無事を祈っており、現在でも続く、「くいぞめ」「ひな祭り」などが行われていました。

 

”猪山家”の家計簿から見る、武士がいかに体面を気にしていたか分かる、子供の通過儀礼の一つ、「髪置」のエピソードを紹介します。

髪置とは、数え2歳になった子供の長寿と健康を祝う儀式です(今では七五三の形で残っています)

 

”猪山家”でも長女が2歳の時に、髪置の儀式をしています。

髪置の儀式には、鯛と赤飯を用意するのが習わしだったのですが、鯛を買うお金がありません。

どうするかというと、「鯛の絵」を描いて代替したのです(家計簿にも「絵鯛」と記載があるそうです)

 

武士としての格式を保つため、髪置の儀式には絵であれ鯛を用意する。当時の節約というのか、工夫というのか素敵な発想です。

磯田教授も「鯛の絵を描いてまでも、髪置の儀式をしてしまうのが、近世武家の真骨頂である」と言っています。

こうした儀式を通して、庶民とは違う武家としての認識が高まっていったのです。

 

鯛の絵のエピソードを読んで、土用の丑の日にキュウリを食べたことを思い出しました。

お金がなかった当時の私は、土用の丑の日に”う”の付くものをなんとしても食べようと考えた結果、瓜(キュウリ)を食べました。

毎年、土用の丑の日に鰻を食べていたかは定かではありませんが、日本人ならば年間行事をしなければならないと考えていた私は、必死にスーパーにキュウリを買いに行ったのです。

 

現在の私(もちろん武士の家系ではありません)でさえ年間行事を行っています。

当時の武士であれば借金があっても、大切な行事をやめることはできなかったのです。

 

時代は明治へ

時代は下り、明治に移る激動の時代、”猪山家”はどうなったのか。

 

御算用者(会計処理をする経理のプロ)だったことが幸いし、新政府の”大村益次郎(新政府軍の指揮官)”の目に留まり、新政府軍として活躍します。

しばらくして、大村益次郎は暗殺されてしまいますが、新政府で海軍の会計担当として職を得ています。

 

身分制度が崩壊し、武士身分がはく奪されて没落した元武士が多くいた時代で、会計ができるスキルが役立ったのです。

 

江戸時代の加賀藩で、そして明治時代の新政府で必要とされる会計のスキルを持っていたことが、”猪山家”に役に立ち、当時を知れる貴重な家計簿へつながったのです。

 

チーズはどこへ消えた?』でも紹介したように、常に変化はあるものと考え、現状に満足せず常に未来を見据える姿勢が大切であることは、大きな変化のあった時代を生きた先人から、実体験として学べます。

 
『チーズはどこへ消えた』の紹介記事

free-books-ch.com

 

 

 

最後に

最後に私が思う、本書を象徴する言葉を紹介します。

武士の家計簿』のあとがきで紹介されている、

「歴史とは過去と現在のキャッチボールである」です。

 

歴史はただの暗記物ではなく、現在の問題・課題を過去に投げかけ、過去から投げ返してくれるボールを受け取る「対話」が大事だということです。

私も未来の人が発見しても恥ずかしくない家計簿をつけるべく、日々精進しています。

 

歴史は繰り返すといわれる通り、過去から学べることはたくさんあります。

学校では〇〇年は〇〇があった程度しか習いませんが、興味を持って詳しく調べたり、本を読んでみると思わぬ発見や、現在の悩みを解決するキッカケを過去の先人は教えてくれます。

 

歴史研究者になったり、いきなり古文書を読むのは無理でも、本からなら分かりやすく簡単に過去の先人とキャッチボールができます。

武士の家計簿』を通じて、歴史好きが増えることを願ってます。