皆さんこんにちは。ドムドムです。
約1か月ぶりのブログ更新です。(まーーーたっくやる気が起こりませんでした)
ブログの更新は滞っていましたが読書はしていたので、紹介する本のストックは十分にあります。
というわけで今回は、本の紹介ですぞ。
紹介するのは、『プロパガンダ』について書かれた本です。
プロパガンダ 何それ?という方、また軍事関係の本かよ!と思われる方もいるかもしれません。
このブログでは、「疑問に答え、役に立つ面白い本」を紹介しています。
今回紹介する本も例外ではありません。
皆さんはこんなことを考えたことはないでしょうか?
「なぜ人は死ぬという究極の危険を冒してまで、戦場に赴くのか」と。
「なぜあの国の国民は、世界から悪者と考えられている指導者のために自己を犠牲にしているのか」と。
この疑問の1つの答えこそ『プロパガンダ』なのです。
プロパガンダは疑問に答えを出すだけではありません。
役に立ちます。
プロパガンダは太古の昔から現在に至るまで使われ、その有効性が実証されています。
プロパガンダを知れば人間の心理・行動原理について知ることができ、
・だまされにくくなる
・周りに流されず、客観的に行動できる
・思いのままに人を操ることもできるかもしれません
このように日常の生活で役に立つ能力が身に付きます。
そんな怪しくも世界を操っている「プロパガンダ」が学べるおすすめの本を紹介します。

アンクル・サムのプロパガンダポスター
こんにちは。ドムドムです。
読書と本の収集が趣味の、本が大好きな私が、
「面白い!」
「悩みや疑問と向き合えた!」
「新たな知識の扉が開いた!」
と感動したおすすめの本を紹介します。
今回紹介する本は、プロパガンダを学ぶならこの1冊。
『戦争プロパガンダ10の法則』です。
本の概要
・タイトル:戦争プロパガンダ10の法則
・著者:アンヌ・モレリ
・ページ数:200ページ
本書は、イギリスの政治家”アーサー・ポンソンビー”によって1928年に出版された『戦時の嘘』に登場する、戦争で使用されるプロパガンダ10の法則について具体例を交えて、「あらゆる戦争に共通するプロパガンダのメカニズム」を紹介した本です。
本書を読めば、戦争プロパガンダの7割は分かったといえると思っております。
プロパガンダとは?
そもそもプロパガンダとは何でしょうか?
プロパガンダとは、政治的意図を持つ「宣伝」のことです。
特定の思想によって個人に影響を与え、世論を意図した行動へ誘導するために用いられる、いわゆる「世論誘導」のことです。

言葉の語源は、拡大・増殖を意味するラテン語の”propaganda”です。
最初にプロパガンダという言葉を用いたのは、1622年のカトリック教会の宣伝機関。
プロパガンダ=宣伝というのは、今も昔も変わらないようです。
今回取り上げるのは、プロパガンダの中でも戦争において使用される「戦争プロパガンダ」です。
プロパガンダの歴史と例
プロパガンダの歴史は古く、人が集まって社会を形成した時にはプロパガンダは存在していたそうです。
紀元前の古代エジプトやローマでは、ピラミッドや神殿といった豪華な建造物が作られ、皇帝の権威を見せつけるためのプロパガンダとして利用されました。
また、皇帝の権威付けのために神話を作り、皇帝を神と同一視することで市民が逆らえない絶対的な権威の確立にもプロパガンダは使われました。

次に、戦争におけるプロパガンダの例を紹介しましょう。
古代ローマでは、戦争を仕掛ける場合は決まって「ローマ市民を守るための戦争、同盟国を守るための戦争」という大義名分を掲げ市民を戦場に送り出したのです。
また、多くの国と人類を巻き込んだ2度の世界大戦でも、プロパガンダは使われました。
特に、プロパガンダに力を入れたナチスドイツでは、放送、出版、歌、映画などあらゆるものをプロパガンダに使用し、国民を正義の戦争に駆り立てたのです。
ドイツ民族の人種的優位性を見せつけるプロパガンダとして、1936年に開催された「ベルリンオリンピック」を利用したのは有名な話です。
なぜ戦争でプロパガンダを使うのか?
続いて、なぜ戦争でプロパガンダが必要なのか?です。
それは、戦争をするためには国民の同意・協力が必要不可欠だからにほかなりません。

現在、多くの国では宣戦布告(戦争開始)のためには、国会での決議が必要とされています。
どんなに能力のある国家元首でも、国民の協力がなければ戦うことはできません。政治家だけでは戦争はできないのです。
国民の同意が必要な戦争ですが、戦争を始める理由の多くは、土地や資源といった経済効果を伴う地政学的な征服欲といった「指導者の欲」であることが大半です。
ですが国民に「A国の領土が欲しいから戦争をします」なんて言っても、理解を得られるはずがありません。
なぜなら戦争に行って人を殺し、殺される危険を冒すのは国民だからです。
そこでプロパガンダの出番です。
戦争の目的を別の大義ある目的にすり替え、世論が戦争を支持するようにするのです。
例えば、A国へ戦争を仕掛けるのは、「国の独立・名誉・自由・国民の生命を守るためである」といえば、国民の同意を得ることもたやすいでしょう。
また、「A国の指導者は独裁者でA国に住んでいる我が国民を差別している」と宣伝すれば、戦争をするための大義が増え、危険な戦場に国民が自ら突き進めるようになることでしょう。
つまり、国民を戦争に赴かせるために戦争プロパガンダは使われているのです。
冒頭の「なぜ人は死ぬという究極の危険を冒してまで、戦場に赴くのか」
「なぜあの国の国民は、世界から悪者と考えられている指導者のために自己を犠牲にしているのか」
これに対する答えの一つがプロパガンダといったのは以上が理由です。
指導者はプロパガンダによって国民を戦争に駆り立て、国民はプロパガンダによって進んで戦争を受け入れていたのです。
戦争プロパガンダ10の法則
ここまで、戦争プロパガンダの基礎を紹介してきました。
いよいよ本書に登場する、戦争プロパガンダ10の法則を紹介します。
- 「われわれは戦争をしたくはない」
- 「しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」
- 「敵の指導者は悪魔のような人間だ」
- 「われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う」
- 「われわれも意図せざる犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる」
- 「敵は卑劣な兵器や戦略を用いている」
- 「われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大」
- 「芸術家も知識人も正義の戦いを支持している」
- 「われわれの正義は神聖なものである」
- 「この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である」
いずれも太古から現在まで有効な、あらゆる戦争で使われてきた法則です。
この10個の法則を学べば、戦争プロパガンダは十分に理解できたといえるでしょう。
言葉だけでもイメージがつくと思いますが、具体的に見ていきましょう。
「われわれは戦争をしたくない」「しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」
驚くことにあらゆる国の元首が戦争を始める前に決まって
「われわれは戦争をしたくない」と言うそうです。
戦争を仕掛ける側が戦争を望んでいないとはいかほどに?と思われるかもしれません。また、みんなが戦争をしたくないのになぜ戦争は起こるのでしょうか?
それを知るには、「われわれは戦争をしたくない」に続く言葉が重要です。
「われわれは戦争をしたくない、しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」
自分たちは平和を望んでいるけど、敵国が先に戦闘を仕掛けてきた・敵が我が国を陥れたからやむをえず、自衛のために戦争をしていると言っているのです。
つまり、戦争が始まったすべての原因を敵国になすりつけているのです。

1939年に突如ポーランドに侵攻し、第二次世界大戦の引き金を引いたヒトラーの言い分を見てみましょう。(プロパガンダのお手本のような文言です)
「ポーランドのドイツ系住民に対する行為は野蛮かつ制裁に値する不当なものである。ポーランドにおいてドイツ系住民の多くは迫害を受け、強制連行されたうえ、非常に残忍な手段で殺される者も出ている。この状況は、主権国家として容認しがたいことである。かくして、これまで中立的な立場をとってきた我国ドイツも、正当な利権を守るため、必要な措置をとらざるを得なくなった」
つまりポーランドの挑発に耐えに耐えてきたドイツも、「堪忍袋の緒が切れた」と言っているわけで、ドイツが戦争を仕掛けたのではなく、戦争の責任はすべてポーランドにあるようにしているのです。
本当は、ヒトラーがポーランド領を奪い取るための侵略戦争でしたが、ドイツ国民は「ポーランドにいるドイツ人を助けるための正義の戦い」を支持し、国民の協力を得たヒトラーは勝利しました。
戦争が終わった現在では、ヒトラーの領土欲で戦争がはじまり、ドイツ側に非があったことが判明しています。
しかし、戦争が起こる、もしくは起こった後のひっ迫した状況で、どちらが加害者であるかを判断することはできません。まして自国が戦争をしている時にはなおさらです。
「敵の指導者は悪魔のような人間だ」
国民を戦争に向かわせた次は、敵への憎悪を高めるプロパガンダが展開されます。
敵国への憎しみが多いほど、兵士は必死に戦い、国民は戦時の苦しい生活に耐えることができるからです。
難しいのはどんなに大義のある戦争でも、敵国全員を憎むことは不可能であること。
そこで用いられるのが、敵に一つの「顔」を与え、その醜さを強調することです。
敵を「日本」「ドイツ」「フランス」といったアバウトな国ではなく、ヒトラー、ナポレオン、カイゼルといったイメージしやすい「個人」にすり替えるのです。
こうすることで、敵国に住む我々と同じ一般市民の存在がなくなり、悪魔のような敵の指導者を倒すことのみに国民の意識を集中させることができるのです。

最も有効とされているのは、相手の指導者をヒトラーに例えるプロパガンダです。
相手の指導者を、「第二のヒトラー」「ヒトラーの再来」とヒトラーに結び付けてしまうのです。
どんな聖人もヒトラーに例えられた瞬間、すべての名誉は失われるのですから。
「敵は卑劣な兵器や戦略を用いている」
戦争においては、兵士が死傷したり自国に損害が出ることもあります。
安全なはずの自国にも被害が出ると、国民に反戦気分が蔓延します。
そんなときに使われるのが、
「敵は卑劣な兵器や戦略を用いている」
といったプロパガンダです。
まずは敵の残虐性、卑劣性を国民や世界に訴えるのです。
実際に我が国はルールを守ってフェアな戦いをしているが、敵は卑劣な兵器や戦略を使っているといった宣伝は多くの国で使われてきました。
例えば
・我が国が奇襲をすれば素晴らしい作戦だが、敵の奇襲は卑怯な不意打ちである
・民間人が犠牲になっても悪いのは民間人を盾にした敵であり、こちらではない
このようにとにかく敵を悪者に仕立て上げるのです。
この方法は戦時下のみならず、兵器の使用禁止令についても当てはまります。
兵器の使用禁止令は面白いことに、自分たちが使う可能性のない兵器(または使うことができない兵器)だけを「非人道的な兵器」として非難し、自分が使える兵器の使用禁止令には反対している国が多いのです。
戦争プロパガンダから学ぶこと
ここまで戦争プロパガンダについて紹介してきました。
では、ここから私たちが学べることは何でしょう?
もちろん戦争の仕方ではありません。
私は戦争プロパガンダを知れば「世の中に対する認識が変わり、世界を客観的に見れる」と考えています。
プロパガンダを知らなければ、指導者の言っていることが本当なのか、世論が支持していることが本当なのか疑うことすらないでしょう。
プロパガンダの存在に気づいてようやく、自分の意見を持てると思います。

現代は、テレビ・新聞などのメディアに限らず、ネット・スマホを通じて誰でも情報を作り、触れられる環境です。プロパガンダに触れずに生活するのは不可能であるといえるでしょう。
また、太平洋戦争で日本が経験したことを忘れてはいけません。
ひとたび戦争がはじまると、誰も公然と戦う理由を尋ねたり、本来の意味を「捻じ曲げる」ことなく和平を口に出したりすることはできません。世論はそれだけ強力で正しいと思った一人では太刀打ちできないのです。
本書では、プロパガンダに騙されないためには、「とりあえず何もかも疑ってみるのが一番良い」とアドバイスしています。
疑うのが命を懸ける我々の仕事なのだと。
本書を読んだあなたは、プロパガンダの存在を知り行動することができるのです。
最後に
本ブログの執筆のために、戦争やプロパガンダについてネットや本で情報を集めました。
思うのは人間の弱さです。
一人では正しくない、間違っていると思っても、世論の圧力に逆らうことはほぼ不可能なのです。
そんなときに、ふと”ジェファーソン大統領”の言葉を思い出しました。
たったひとりでも、勇気を持ってすれば、多数派たらん。
英文
One amn with courage is a majority.
(L.J.ピーター. 名言は力なり 悪魔のセリフ. 講談社, 1990, p.145)
名言集に乗っていた言葉で当時は、カッコいい言葉だな~程度にしか思いませんでしたが、本書を読み終わった後では印象が違って見えます。
言葉ってその時の感情で印象が変わるので不思議ですよね。
おすすめの本なので、皆さんもぜひ読んでみていただければと思います。
