
突然ですが、皆さんはイタリアと聞いて何を思い浮かべますか?
「ピザやパスタなどおいしいものがたくさんあるグルメの国」
「きれいな地中海に浮かぶ観光地」
「ローマ時代の歴史遺産がたくさんある国」
おいしい食べ物や観光名所がたくさんある、キラキラした国を想像される方が多いと思います。
今回紹介するのは、そんな素敵なイタリアで刊行された本です。
ただ、上記で列挙したようなイメージとはかけ離れた「戦国時代まっただなか」の1532年のイタリアで刊行された本です。
1532年のイタリアは、現在のような統一された国ではなく、独立した都市国家が覇権を争い、フランスやスペインといった大国も巻き込んだ陰謀渦巻く戦国時代でした。
そんな明日の命も保証されない時代に、ある男によって1冊の本が書かれました。
「悪魔の書」と呼ばれ禁書扱いされた歴史もありますが、500年にわたり現在まで読み継がれ続けた本です。
こんにちは。ドムドムです。
読書と本の収集が趣味の、本が大好きな私が、
「面白い!」
「悩みや疑問と向き合えた!」
「新たな知識の扉が開いた!」
と感動したおすすめの本を紹介します。
今回紹介する本は、1532年にニコロ・マキャベリによって書かれた『君主論』です。
本の概要
- タイトル:すらすら読める新訳 君主論
- 著者:ニコロ・マキャベリ
- 訳者:関根 光宏
- ページ数:230ページ
本書は、1532年にイタリアの「ニコロ・マキャベリ」によって書かれた『君主論』を、現代語訳にしてわかりやすくまとめたものです。
君主論は歴史上の君主達を分析し、「どうすれば国を治められるのか」を導き出しているため、原文では登場する君主の説明のために注釈が多く使われていて、読みずらいのが難点です。
本書は読みずらい原文の意味を変えることなく、注釈を極力本文に入れるように工夫されているので、君主論をすんなり理解できます。
著者:ニコロ・マキャベリ
君主論を書いたニコロ・マキャベリは、1469年にイタリアのフィレンツェで貴族の子供として生まれます。情報収集と交渉が得意で、フィレンツェ共和国政府の官吏として活躍しました。
政治情勢の変化がきっかけで職を失いますが、隠匿生活をつづけながら再起を期して書いたのが、この「君主論」です。ちなみに、書き始めてからわずか半年で書き上げたというのですから驚きです。
君主論には何が書かれているの?
ここからが本題です。
群雄割拠のイタリア戦国時代に書かれた『君主論』には、何が書かれているのでしょうか?
君主論に書かれているのは、
「君主が国家を統治する(治める)ために必要なこと」です。
ここでいう君主とは、国を統治する立場にある指導者、私たちが思い描く「王様」を指します。

「今から500年も前に書かれた”王様”のための本なんか、なんの役に立つんだよ」
「王様になるつもりもないし、なりたくてなれるもんじゃない」
「異世界転生して王様にならない限り役に立たない」
こんな皆さんの心の声が聞こえてくるようですが、本書には”王様”や”王様を目指す人”以外にも役立つことが書かれています。
そもそも、”王様”のためだけに書かれた本が、500年も読み継がれるはずがありません。
昔から読み継がれてきた本というものには、何かしらの人々を魅了する力や心理を突いていることがあるのです。
現在では国を統治している王のような存在は、世界中でも数えるほどいませんが、職場やグループには「リーダ」が必ずいるはずです。
『君主論』で述べられている「君主が国家を統治する(治める)ために必要なこと」を、
「リーダが職場・グループをまとめるためには何が必要で、どう行動すればよいか」
と置き換えて考えることで、途端に平和な時代を生きる私たちに役立つ本へと生まれ変わるのです。
私はリーダじゃないし、部下もいないという人もいるかと思います。
ご安心ください。
『君主論』には人間関係の構築法・交渉術など、現在生活で必須のノウハウが詰め込まれているのです。
例えば、
・権力の獲得と使い方
・集団における人間心理と集団統治の方法
・強い組織のつくり方と維持する術
など。
君主になるのには、血筋がすべて?
早速、『君主論』に書かれている君主に必要なことを見てみましょう。
最初に書かれている、君主に必要なものは「血筋」です。

マキャベリは、「新しくできた国より、君主の血筋による世襲にもとづく国の方がはるかに安定していて、統治しやすい」と断言します。
血筋による世襲の君主が国を維持するのには、先祖代々受け継がれてきた慣習を守ればよく、とんでもなく強い敵に出会わない限り大丈夫だと言っているのです。
また、生まれながらの君主は、君主になるために人々を傷つける理由がないため、人民に慕われる。仮に、とんでもなく強い敵に君主の座を奪われても、相手にミスがあればたやすく奪い返すことができると。
逆に、世襲による君主に挑戦する側は、協力関係にある現在の君主と民衆を引き離したり、君主の座を奪い取った後は、民衆に受け入れられる必要があるのです。
実際に歴史上の君主を見ても、血筋による世襲の王朝は安定していて、当人がよほどの暴君や愚か者でなければ次の世代にスムーズに移行できます。
逆に、君主に挑戦する側は、攻め入った地域の民衆に受け入れられる必要があり、君主の座を維持するのが大変なのです。
ここまで聞いて、血筋による世襲制の君主が優れているのは分かるけど、
「血筋による君主なんてなれっこない」
「生まれながらに人生が決まっているようで嫌だ」
と思われる人が大半だと思います。
安心してください。ここからが本題です。
『君主論』に登場する、血筋によらない君主に必要なことを紹介します(君主論はここからが本題です)。
究極のリアリズム思想「よい統治のためなら何をしてもよい?」
本題に移る前に、君主論・マキャベリについて少しでも知っている人は、「マキャベリズム」という言葉を聞いたことがあると思います。
マキャベリズムとは、「どんな手段や非道徳な行為も、結果として国家の利益を増進させるのであれば許される」という思想で、『君主論』の中で述べられている君主としてあるべき考え方を表します。
噂では、独裁者としてその名が語られる、ナポレオン、ヒトラー、スターリンらは『君主論』をこっそり読んで、自分たちの行いの後ろ盾としていたと言われています。
また君主論は、「悪魔の書」として禁書扱いされた歴史もあります。

ここだけ聞くと、君主論は「やばい思想の本」だと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
確かに君主論には、
・君主たる者は、悪評を気にかけるべきではない
・君主は、ライオンのような勇敢さと狐のようなずる賢さを持たなければならない
・征服した国は破壊して、これまでの君主の血筋を途絶えさせよ
・どうすれば民衆を味方につけられるか、あるいは滅ぼせるか考えるべし
など、目的のためには冷酷で手段を選ばないべきだと説いています。
ここで、忘れてはいけないのはマキャベリは「君主にはどんな非道な行為も許される」と言っているわけではなく、「より良い統治のためには、非常な手段を取らざるを得ない時がある」と言っていることです。
善や悪といった人間にとっての「道徳」と、目的を達成するための「合理」がぶつかった時は、時代や人によって変化する「道徳」よりも非常であっても「合理」を優先した方が結果よくなると言っているのです。
そのため、君主論では善や悪といった「道徳」がいかに変わりやすいものかを、
・人間は、恩知らずで、移り気で、偽善的で、臆病で、貪欲である
・人間は自分の利益のために、恩義で結ばれた愛情など断ち切る。逆に恐れている人間に対しては、処罰されるという恐怖が付きまとうために、関係は維持される
と人間の心理を見事に推察しています。
これだけ見ても、マキャベリが官吏という職の中で、人間心理について熟知していたことが分かります。
ここからは、マキャベリが説く「君主はどうあるべきか」について3つ紹介します。
愛されるより恐れられよ!
優れた君主に必要なこと1つ目は、「慈悲深い君主より冷酷な君主であれ」です。

マキャベリは言います。
「愛される」より「恐れられる」方がはるかに良策である。
なぜなら、人間は、恩知らずで、移り気で、偽善的で、臆病で、貪欲な存在であり、恐れている相手より愛情をかけてくれる相手をためらいなく傷つけ、自分の利益のためならば、恩義で結ばれた愛情など簡単に断ち切る。
逆に恐れている人間に対しては、処罰されるという恐怖が付きまとうために、関係は維持される。
生きるか死ぬかの戦国時代を生き抜いた人物らしい、徹底的なリアリズム思考だと思いませんか。
勘違いしないでほしいのは、「愛される君主」かつ「恐れられる君主」が両立できるのが一番としたうえで、どちらかを選ぶとすれば「恐れられる君主」を挙げている点です。
相手が自分をどう思っているか、仮に相手の心臓や脳が見れても本当のことを知ることはできません。
周りの人に私は愛されていると思っていても、実はなめられていることもあるのです。
今の時代、恐怖で支配するのは間違っていると思います。
しかし部下から、「どうせ上司は気づかないだろう」などとなめられるよりは、「上司がこのことを聞いたらどう思うだろうか」と、頼りにされる上司になりたいものです。
「善」だけでは破滅する
優れた君主に必要なこと2つ目は、「善だけでは破滅」するです。
マキャベリは言います。
「どのように生きているか」と「どのように生きるべきか」には大きな違いがある。
なすべきことを重視するあまり、現実になされていることに目を向けないものは、自らの存続より破滅について学んでいるのと同じである。
何事につけても善きことを行おうとする者は、善からぬ者たちのなかでは破滅せざるを得ない。

人間心理を熟知したマキャベリだからこそ、たどり着いた考えだと思います。
現在であれば、善い人は騙されてお金を盗まれる、責任を押し付けられる程度で済みます。
しかし、マキャベリが生きたのは、昨日の友が今日の敵になるような時代。自分の繁栄のためなら、親友や親族でも騙し、利用するのが当たり前でした。
そんな世紀末にあって、いつ裏切るかわからない人を信じて、聖人の説教のように「善いと思われる」ことだけをしていたら、命がいくつあっても足りません。
時に立場を狙われる君主にとってはなおさらです。
善いことをしようと心がけるのは大事です。
しかし、周りには善からぬことを考えている者がいることを知ったうえで、時には善くない行動をする必要があるのも事実です。
時代の変化に対応できないものは破滅する
優れた君主に必要なこと3つ目は、「時代の変化に対応できないものは破滅する」です。
どんなに成功したやり方でも、時代や場所、相手が変われば通用しなくなるのは当たり前です。
また、いかに優れた家系に生まれ、生まれながらの君主であっても、時代の変化に対応できないものは君主の座を追われます。
自分の行動の仕方を時代に合わせられるものは成功し、行動様式が時代に合わないものは取り残されるのです。

難しいのは、人間は持って生まれた性質からはなかなか離れられず、あるやり方で成功したものは、どうしてもそのやり方を捨てる気になれないこと。
でも、自分が変われなくても周りや時代は否応なしに変化し、次の時代を作ります。
グローバル化、IT、AIなどの登場により時代の流れは昔より早くなっています。自分の役割を奪われないように、自分で状況に合わせて変化する必要があるのです。
最後に
ここまで君主論について、優れた君主に必要なことを含めて紹介しました。
今から500年前のイタリア戦国時代に書かれた本だけあって、「どんな手段や非道徳な行為も、結果として国家の利益を増進させるのであれば許される」といった、勝てばよかろうなのだァァァァ!!主義全開で、いまだに勘違いされている本です。
しかし、500年の長きにわたって人々を魅了しているということは、『君主論』には心理と言える何かがあるように思えてなりません。
君主論の中でマキャベリは、
成功した君主は「時代に合っていた」のと「運を持っていた」と言っています。
今日まで読み継がれてきたマキャベリの君主論が誕生したのも、「時代と運」があったおかげかもしれません。

