あなたは、「ゴリラがいる世界といない世界」、どちらがいいですか?
では、猫ならどうでしょう。
犬なら?
ゴキブリなら?
「いきなりそんなことを言われても困る」
「ゴキブリがいなくなってもいいが、ゴリラがいなくなるのはいやだ」
「身近な動物がいなくなることなんて考えられない」
そんなことを思われるのではないでしょうか?
地球上には100万種を超える動物が暮らしています。
その一方で、1600年以降だけでも700種以上の動物が絶滅しました。
私たちが、名前すら知らない動物たちがひっそりと地球から姿を消しているのです。
こんにちは。ドムドムです。
読書と本の収集が趣味の、本が大好きな私が、
「面白い!」
「悩みや疑問と向き合えた!」
「新たな知識の扉が開いた!」
と感動したおすすめの本を紹介します。
今回紹介する本は、M・R・オコナーの『絶滅できない動物たち』です。
「動物が絶滅してしまうことは悪いこと」
「絶滅危惧種を守ることは良いこと」
本書を読む前の私は、なんの疑念も抱かず、そう信じていました。
しかし、本書を読み終わった私の中に残っていたのは、
「絶滅は科学だけの問題ではなく、価値観の問題でもある」
という考えでした。
本の概要
- タイトル:絶滅できない動物たち
- 著者:M・R・オコナー
- ページ数:372ページ
本書は、世界各地の絶滅危惧種の保全活動や研究者への取材を通して、「何を守るべきなのか」「人間はどこまで介入すべきなのか」という問いを投げかけるノンフィクション作品です。
「絶滅とは何か」「絶滅を防ぐとはどういうことなのか」を問い直す一冊で、タイトルの『絶滅できない動物たち』に、絶滅という問題の複雑さが込められているように感じます。
動物が絶滅するのは悪いこと?
- 私たちは「どの自然」を保護すべきだろうか?
- 自然は私たち人間の利益のために存在しているのか?それとも自然自体に保護すべき価値があるのだろうか?
- 人間の創意工夫によって実験室で生まれた鳥は、自然のもとで自然選択によって生まれた鳥と同じだろうか?
当たり前のように、
絶滅という問題に答えはあるのか?
- 生息地を保護し、生息数を維持する
- 動物園や研究施設で飼育する
- 絶滅危惧種に認定して徹底的に保護する
- 野性を守るのか
- 遺伝子を守るのか
- それとも、そもそも絶滅から守るべきなのか
今から100年後に地球温暖化の影響を受けていない土地などないし、手つかずの自然も残っていない。すべては巨大なひとつの動物園になる。
進化は必ず起こっている。必ずだ。種を進化から守れると考えるのは無知だし、傲慢でさえある。
という言葉が出てきます。
私はこの一文を読んだとき、「保全とは、今の動物の姿をそのまま未来へ残すこと」だと思い込んでいた自分に気付きました。
「絶滅する」とは? 価値観への問いかけ
ゴリラがいる世界といない世界、どちらが良いか?
種とは何かという問いは生物学者が答えるべき科学的な問いだが、種に対するわたしたちの義務とは何かという問いは、哲学者が答えるべき倫理的な問いだ。
(M・R・オコナー. 絶滅できない動物たち. ダイヤモンド社, 2022,p.318)
ここで私はようやく気付きました。
保全活動に正解がないのではなく、目指しているゴールが、人によって違うことに。
- 野性を守りたい人
- 遺伝子だけを守りたい人
- まず絶滅だけは防ぎたい人
絶滅したハトを蘇らすことに意味があるのか
轟音が聞こえてきた。
この音と比べると、それまで聞いたことのある騒音はどれも子守歌でしかない。
この轟音で、今か今かと興奮して待ちかまえていたハンターの集団は、銃口を下げ、近場の木陰に逃げ込んだ。
音は圧縮された恐怖だった。
1000台の脱穀機が、こちらが移動しているのについてきて、ずっと頭上で作動しているのを想像してもらいたい。それに伴って、同じ数の蒸気船が音を立てて盛大に蒸気を吐き出し、同じ数の列車が有蓋橋を通過しているようなものだ。
これが一度に全部まとまって起こったのを想像すれば、不気味な黒い雲をなすハトがものすごい勢いで灰色の朝の光のなか、わたしたちの顔のほんの数メートル先を飛んでいくときに立てる恐ろしい轟音がどのようなものか、おぼろげながらわかるはずだ。
(M・R・オコナー. 絶滅できない動物たち. ダイヤモンド社, 2022,p.252)
私はこの場面を読んだとき、「こんな光景が本当にあったのか」と鳥肌が立ちました。
空が見えなくなるほどの鳥の群れ。
耳をふさぎたくなるほどの羽音。
その光景を、人間は二度と見ることはできないのだと。
だからこそ、時間やお金をかけてでもリョコウバトを蘇らせたいと思うのでしょう。
たかがハトだ。
特別なことは何もないけれど、強いて言えば、あれだけ大量に生息しているのを私たちが1羽残らず殺してしまった事実によって別格になっている。
ほかにも絶滅したハトはいるが、そちらはどうでもいい。
絶滅しそうな種もあるが、わたしたちは興味がない。
リョコウバトももともとの生息数が少なかったら、わたしたちは現在、思いを馳せることすらしなかっただろう。
(M・R・オコナー. 絶滅できない動物たち. ダイヤモンド社, 2022,p.262)
アメリカ人にとって特別な存在の「たかがハト」 であるリョコウバト。
日本人にとってのトキのように、国の歴史や記憶と結びついた存在なのかもしれません。
リョコウバトを蘇らせたいという思いは、リョコウバトという動物が特別なのではなく、リョコウバトがたどった物語が特別だったからではないでしょうか?
私たちは「動物」そのものだけではなく、その動物にまつわる記憶や物語を守ろうとしているのかもしれません。
最後に

本書は、単に環境問題や動物を守る方法を語る本ではありませんでした。
人間のDNAだけ残しても人間は残らない。
文化も環境も関係性も必要。
だから動物の種も同じ。
絶滅とは「繊細に絡み合っている種のありかた」を時間をかけて解体していく作業。
そんな、私にとっては「動物の絶滅という答えのない問題とどう向き合うべきか」を考えさせてくれる本でした。
動物の絶滅について考えることは、社会問題や仕事、人間関係にも通じます。
私はいまだに
「ゴリラがいる世界といない世界。どちらが良いか?」
に答えられません。
でも、この問いを持ち続けること自体が、この本を読んだ意味なのだと思います。
この本は、私に『正しい答え』ではなく、『問い続ける姿勢』を教えてくれた一冊です。
そして、その問いを持ち続けることこそが、失われていく命に向き合う最初の一歩なのかもしれません。
