持たざる者ドムドム、本を読む

『持たざる者こそ本を読め』をモットーに、本の紹介をしています

「ゴリラがいる世界といない世界」――『絶滅できない動物たち』が教えてくれた、答えのない問い

掲載日:2026/8/2

 

あなたは、「ゴリラがいる世界といない世界」、どちらがいいですか?

では、猫ならどうでしょう。

犬なら?

ゴキブリなら?

 

「いきなりそんなことを言われても困る」

「ゴキブリがいなくなってもいいが、ゴリラがいなくなるのはいやだ」

「身近な動物がいなくなることなんて考えられない」

そんなことを思われるのではないでしょうか?

 

地球上には100万種を超える動物が暮らしています。

その一方で、1600年以降だけでも700種以上の動物が絶滅しました。

私たちが、名前すら知らない動物たちがひっそりと地球から姿を消しているのです。

 

こんにちは。ドムドムです。
読書と本の収集が趣味の、本が大好きな私が、
「面白い!」
「悩みや疑問と向き合えた!」
「新たな知識の扉が開いた!」
と感動したおすすめの本を紹介します。

 

今回紹介する本は、M・R・オコナーの『絶滅できない動物たち』です。

「動物が絶滅してしまうことは悪いこと」

「絶滅危惧種を守ることは良いこと」

本書を読む前の私は、なんの疑念も抱かず、そう信じていました。

 

しかし、本書を読み終わった私の中に残っていたのは、

「絶滅は科学だけの問題ではなく、価値観の問題でもある」

という考えでした。

 

 

 

 

 

 

 

◆目次◆

 

本の概要

  • タイトル:絶滅できない動物たち
  • 著者:M・R・オコナー
  • ページ数:372ページ

本書は、世界各地の絶滅危惧種の保全活動や研究者への取材を通して、「何を守るべきなのか」「人間はどこまで介入すべきなのか」という問いを投げかけるノンフィクション作品です。

「絶滅とは何か」「絶滅を防ぐとはどういうことなのか」を問い直す一冊で、タイトルの『絶滅できない動物たち』に、絶滅という問題の複雑さが込められているように感じます。

 

動物が絶滅するのは悪いこと?

本書は冒頭から様々な問いかけを読者に投げかけます。
  • 私たちは「どの自然」を保護すべきだろうか?
  • 自然は私たち人間の利益のために存在しているのか?それとも自然自体に保護すべき価値があるのだろうか?
  • 人間の創意工夫によって実験室で生まれた鳥は、自然のもとで自然選択によって生まれた鳥と同じだろうか?

当たり前のように、

「動物を保護して絶滅から守ることは良いこと」
そう教わり、そう信じてきた私にとって、この問いは衝撃的でした。
そして、この問いこそ、本書全体を貫くテーマでもあるのです。
 

絶滅という問題に答えはあるのか?

動物の種を守り、絶滅から救うにはどういった方法があるのでしょうか?
  • 生息地を保護し、生息数を維持する
  • 動物園や研究施設で飼育する
  • 絶滅危惧種に認定して徹底的に保護する
私は、絶滅対策にはこのようなことをしているのだろうと考えていました。
しかし、本書を読んで保護と言っても種類は様々で、どれが良いとも悪いとも言えないということに衝撃を受けました。
 
例えば、あるゾウの種が残り10匹になり、絶滅の危機に瀕したとします。
ゾウを保護するために、動物園に全部移動したとして、絶滅から保護できたと言えるでしょうか?
仮に次の世代のゾウが動物園で誕生しても、野生を忘れた別のゾウではないでしょうか?
 
別の方法として、ゾウが暮らしている土地を「全部ゾウのために保護」すればと思うかもしれません。
しかしそのためには、住んでいる人には立ち退いてもらう必要があり、維持費のために莫大な費用もかかると言います。
中には、「たかがゾウのためにそこまですべきなのか」と疑問を呈する人もいるかもしれません。
 
ゾウならまだ愛着が持てますが、対象が昆虫や爬虫類だったらなおのこと、そこまで手間をかける必要があるのか、と考える人もいることでしょう。
 
種を守ると言っても、
  • 野性を守るのか
  • 遺伝子を守るのか
  • それとも、そもそも絶滅から守るべきなのか
考え方は人それぞれです。
「保全」という一つの言葉の中にも、目指すゴールは大きく異なります。
 
本書には、

今から100年後に地球温暖化の影響を受けていない土地などないし、手つかずの自然も残っていない。すべては巨大なひとつの動物園になる。

進化は必ず起こっている。必ずだ。種を進化から守れると考えるのは無知だし、傲慢でさえある。

という言葉が出てきます。

私はこの一文を読んだとき、「保全とは、今の動物の姿をそのまま未来へ残すこと」だと思い込んでいた自分に気付きました。

 

「絶滅する」とは? 価値観への問いかけ

前述したように、動物が絶滅するという問題は非常に複雑です。
例えば、
ゴリラがいる世界といない世界、どちらが良いか?
この問いを考えることは、単にゴリラが絶滅するという科学上の問題だけではありません。
保護すべきなのか、保全のゴールはどこかといった、価値観に訴える哲学的な問いなのです。

種とは何かという問いは生物学者が答えるべき科学的な問いだが、種に対するわたしたちの義務とは何かという問いは、哲学者が答えるべき倫理的な問いだ。

(M・R・オコナー. 絶滅できない動物たち. ダイヤモンド社, 2022,p.318)

 

ここで私はようやく気付きました。

保全活動に正解がないのではなく、目指しているゴールが、人によって違うことに。

  • 野性を守りたい人
  • 遺伝子だけを守りたい人
  • まず絶滅だけは防ぎたい人
目指す未来が違えば、保全に対しての議論がまとまらないのは当然です。
 
仮にある動物を保護することが決まったとしても、
「時間をかけて野生で生きる姿まで守りたい」と考える人もいれば、
「時間をかければ絶滅してしまう。まずは絶滅だけは防ぐべきだ」と考える人もいるのですから。
 
 
 
 
 
 

絶滅したハトを蘇らすことに意味があるのか

動物の絶滅は価値観への問い。
この問いを象徴する、あるハトの話が本書には登場します。
 
絶滅したリョコウバトを蘇らせることに意味があるのか?」という問いです。
 
リョコウバトはかつて北アメリカ大陸に生息し、50億羽という、鳥類史上最も多くの数がいました。
しかし人間による乱獲が原因で、1914年に動物園で最後の生き残りが死んで、地球上から姿を消しました。
 
アメリカでは、絶滅させてしまった責任からリョコウバトの愛好家が多く、ゲノム編集で復活を目指す研究者もいます。
逆に、ハトの復活に膨大な研究費を使うのは、ばかげていると考える人もいます。
また、絶滅する前はあまりの数に害鳥として扱われ、本当に復活が歓迎されているのか疑問符が付くと言います。
リョコウバトの数がいかに多かったかを物語る、アメリカ大陸に渡った入植者の手記が残っています。

轟音が聞こえてきた。

この音と比べると、それまで聞いたことのある騒音はどれも子守歌でしかない。

この轟音で、今か今かと興奮して待ちかまえていたハンターの集団は、銃口を下げ、近場の木陰に逃げ込んだ。

音は圧縮された恐怖だった。

1000台の脱穀機が、こちらが移動しているのについてきて、ずっと頭上で作動しているのを想像してもらいたい。それに伴って、同じ数の蒸気船が音を立てて盛大に蒸気を吐き出し、同じ数の列車が有蓋橋を通過しているようなものだ。

これが一度に全部まとまって起こったのを想像すれば、不気味な黒い雲をなすハトがものすごい勢いで灰色の朝の光のなか、わたしたちの顔のほんの数メートル先を飛んでいくときに立てる恐ろしい轟音がどのようなものか、おぼろげながらわかるはずだ。

(M・R・オコナー. 絶滅できない動物たち. ダイヤモンド社, 2022,p.252)

 

私はこの場面を読んだとき、「こんな光景が本当にあったのか」と鳥肌が立ちました。

空が見えなくなるほどの鳥の群れ。

耳をふさぎたくなるほどの羽音。

 その光景を、人間は二度と見ることはできないのだと。

だからこそ、時間やお金をかけてでもリョコウバトを蘇らせたいと思うのでしょう。 

たかがハトだ。

特別なことは何もないけれど、強いて言えば、あれだけ大量に生息しているのを私たちが1羽残らず殺してしまった事実によって別格になっている。

ほかにも絶滅したハトはいるが、そちらはどうでもいい。

絶滅しそうな種もあるが、わたしたちは興味がない。

リョコウバトももともとの生息数が少なかったら、わたしたちは現在、思いを馳せることすらしなかっただろう。

(M・R・オコナー. 絶滅できない動物たち. ダイヤモンド社, 2022,p.262)

 

アメリカ人にとって特別な存在の「たかがハト」 であるリョコウバト。

日本人にとってのトキのように、国の歴史や記憶と結びついた存在なのかもしれません。

 

リョコウバトを蘇らせたいという思いは、リョコウバトという動物が特別なのではなく、リョコウバトがたどった物語が特別だったからではないでしょうか?

私たちは「動物」そのものだけではなく、その動物にまつわる記憶や物語を守ろうとしているのかもしれません。

 

 

 

 

最後に

 

本書は、単に環境問題や動物を守る方法を語る本ではありませんでした。

 

人間のDNAだけ残しても人間は残らない。

文化も環境も関係性も必要。

だから動物の種も同じ。

絶滅とは「繊細に絡み合っている種のありかた」を時間をかけて解体していく作業

 

そんな、私にとっては「動物の絶滅という答えのない問題とどう向き合うべきか」を考えさせてくれる本でした。

動物の絶滅について考えることは、社会問題や仕事、人間関係にも通じます。

 

私はいまだに

「ゴリラがいる世界といない世界。どちらが良いか?」

に答えられません。

 

でも、この問いを持ち続けること自体が、この本を読んだ意味なのだと思います。

この本は、私に『正しい答え』ではなく、『問い続ける姿勢』を教えてくれた一冊です。

そして、その問いを持ち続けることこそが、失われていく命に向き合う最初の一歩なのかもしれません。